Entry



Archives


Category


Search


Link

I ♡ MORIOKA, I ♡ GRANDMA.


 ちょっと前の話しになるのですが、5/25(月)は、臨時休暇をいただきました。知らずにご来店いただいたお客様には、たいへんご迷惑をお掛けしてしまったことと思います。申し訳ありませんでした。
 2006年8月にクラシコをオープンして以来、火曜日の店休日と年末年始以外にはお休みはなし。昨年の1月にイギリス・フランスへ出張の為に10日間のお休みをいただいたくらいです。店休日にも、展示会をまわったり仕入れに走ったり、ほとんどの休日は仕事をしています。そんな僕が臨時休暇をとったもので、友人からもご心配のコメントをいただいたりしました。
 岩手県盛岡市に住んでいる母方のお婆ちゃんが体調不良のために入院しました。肺に水が溜まってしまったのが原因でした。治療が困難であり、何時どうなってもおかしくないという状況でした。両親や姉は先にお見舞いに行っていましたが、僕は週末の営業を諦めることができず、休み明けの月曜日にお見舞いに行くことにしたのです(翌日の火曜日も外せない予定があったのです)。
 お婆ちゃんは、僕が生まれ育った岩手県釜石市に程近い大槌町に住んでいました。僕が小さい頃にはよく泊まりに行っていましたし、とてもお世話になりました。数年前にお爺ちゃんが亡くなってからも、しばらくは大槌町にひとりで住んでいましたが、90歳を超え高齢となったこともあり、盛岡市に住む叔母の家族と一緒に住むことになりました。お婆ちゃんには、まだ大槌町に住んでいた4〜5年程前にお会いして以来でした。
 病室に入ると、お婆ちゃんはベッドに横になっていました。傍らには叔母さんが付き添っていました。お婆ちゃんはだいぶ痩せてはいましたが、きれいでした。もともときれいなお婆ちゃんでしたから...。お婆ちゃんには、僕が誰かが分かりませんでした。少しずつお話しするうちに、思い出した様で、いろいろとお話ししてくれました。その日は、少し回復していた様です。治療の成果が出始めてきていたのでしょう。叔母さんと数時間、病室で付き添いながら3人でいろいろとお話ししました。「僕が結婚する時には、出席して欲しいな」って僕が言ったら、お婆ちゃんは約束してくれました。叔母さんには、「早くしなくっちゃね!」って言われて、僕も「そうだね。」って笑いました。そんな和やかな時間も過ぎて、やがて別れの時がきました。もしかしたら...と思うと、堪えることができずに涙を流してしまいました。そして、手を振りながら病院を後にしました。

 お婆ちゃんのお見舞いのための盛岡訪問でしたが、束の間、勉強のために自分の時間を過ごしました。病院前からバスに乗って紺屋町へ移動。念願のござ九へ。ざる・かご・ござのほか、束子や箒など、日用生活に役立つ道具がいっぱいのお店です。ござ九ではクラシコの備品として岩手県北地方で作られたという針刺しを買ってきました(早速フィッテイングルームにて愛用しています)。その後、岩手公園横を通り過ぎ、盛岡の中心地区菜園へ。以前から気になっていたショップHolz(ホルツ)を訪問し、お買い物。そして、材木町の光原社へ。日本でも屈指の民藝のお店です。時間がなかったので、ゆっくりは出来ませんでしたが、欲しいものが一杯でした。光原社のお土産店モーリオにて、クラシコのためのお守りと大切な友人へのお土産だけを購入しました。下の写真は、光原社奥の中庭の写真です。中庭を挟んで店舗やギャラリーが並びます。閉店間近でお客様も少なかったこともあり、静寂の中で独特の世界観を堪能しました。
 昼食を食べずに我慢していたのですが、それも絶対に食べたいものがあったから。それは盛楼閣の冷麺。盛岡でも一番人気の冷麺(と焼き肉)のお店です。かなりコシの強いしこしこ麺と美しいグラデーションの極上スープ、旨味と辛さが絶妙な自家製キムチが相まって、大満足の冷麺でした。

 僕は、釜石南高校を卒業した後、岩手大学人文社会科学部に入学。大学の4年間を盛岡で過ごしました。大学時代はまじめに授業にも出席していましたし、成績も悪くはありませんでしたが、一生懸命勉強していたかというと、そうではありませんでした。どちらかというと、アルバイトに精を出していた様な気がします。4年間仕送りをしていただいた両親には申し訳なく思っています。幾つかのアルバイトを通じて得た経験が、その後の仕事に活かされたことを考えると、案外有意義な大学時代だったのだと思います。
 盛岡は美しい川が流れる緑豊かな街です。古い建物や町並みも残されており、民藝の街としても知られています。盛岡冷麺やじゃじゃ麺など特有の名物・美味しいものが沢山あります。上の写真は、光原社の近くにある旭橋から望む岩手山の写真です。盛岡を代表する美しい景色と言えるでしょう。

 今回の盛岡訪問については、ブログに書くつもりはありませんでしたので、すでにもう半月も過ぎてしまいました。ブログを書こうと思いなおしたのは、嬉しい知らせが届いたからです。僕がお見舞いにうかがった後、お婆ちゃんの容態がさらに回復して歩ける様になり、その後に退院したということでした。コメント欄を読んでご心配いただいていた友人たちにも、この喜びを伝えたいという気持ちもありました。ご心配いただきまして、ありがとうございました。

 短い滞在ではありましたが、盛岡は僕の愛する街のひとつであると実感しました。そして、幾つかの夢を抱きました。僕の愛するお婆ちゃんにも祝福されて、結婚式を挙げたいと。やがて生まれ来るであろう子供と奥さんと手を携えて、お婆ちゃんの住む美しい街・盛岡を訪れたいと。お婆ちゃんにはそれまで長生きして欲しいな。きっと大丈夫だよね。お婆ちゃん!






| 23:00 |
Comment
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/11 11:56 PM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/12 12:09 AM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/12 11:28 AM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/12 12:21 PM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/12 3:36 PM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/12 10:33 PM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/17 6:10 PM
管理者の承認待ちコメントです。
Posted by: - |at: 2009/06/17 11:13 PM








Trackback

Entry: main  << >>