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諏方神社例大祭 本社神輿 初体験

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本日は諏方神社の例大祭。本社神輿をかつぎました。50歳にして初めての経験。自分のちっぽけさを痛感。いい経験となりました。

 

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諏方神社は、西日暮里の駅を見下ろす高台にひっそりと佇むように続いている神社です。全国に25.000社あると言われている諏方神社(諏訪大社を本社とする諏方信仰の神社)のひとつ。創建は1202年(元久2年)、鎌倉時代の武将・豊島佐衛門経泰によって諏訪大社から勧請されたのがその始まりと伝えられています。文安年間(1444年〜1449年)に太田道灌が神領を寄進。さらに江戸時代には徳川三代将軍家光から社領5石の朱印を与えられている。現在の場所に社殿が造営されたのは1635年(寛永12年)。以降、かつて新堀村と呼ばれた今の日暮里周辺から谷中周辺にかけての総鎮守として人々の崇敬を受け、現在も地元の人々に広く信仰されています。一般的な「諏訪」の字ではなく、古来の「諏方」の字が使われている。神社が所有する元禄時代に描かれた軸には「諏方大明神」と記されていることから、「諏方神社」の社名を続けているとか。昔は多くの「すわ神社」がこの諏方の字を使っていたが、現在では数社のみとなっている。JAPAN WEB MAGAZINE諏訪神社のページより〜http://japan-web-magazine.com/japanese/tokyo/suwa-jinja/index.html

 

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classicoをオープンしてから早いもので11年が経ちました。毎年classicoの前を通り過ぎて行くお神輿をただ眺めるだけ。いつかは自分も参加してみたい。お神輿を担いでみたいと思いながらも、ずっと一人で営んできたし、週末の営業や準備を考えると踏み出せずにいました。2年ほど前のこと。classicoのお隣にビルを構えている吉田さんにお誘いを受けたこともあって、どうしたら実現することができるだろうと具体的に考えるようになりました。昨年11月からはアルバイトスタッフとしてRuiを迎え、ハーフマラソンに出場したりと少しずつではあるけれど、これまでには出来なかったことも出来るようになっていたので、それじゃお祭りも!と踏み出すことに。昨年末から同じ通りでお店を営む店主の集まり!ねこたま会が発足し、通りの名前をキッテ通りと命名。三崎町会と真島町会にまたがっているキッテ通り・ねこたま会の中で、僕の役割は真島町会担当に決定。とは言うものの、仕事の都合もあり、できることはそう多くはありません。まずは自分ができそうなこと、やりたいことから。夏祭りのお神輿の予定日を確認するとアルバイトスタッフのRuiが出勤できるとのこと。今年は3年に1度の本社神輿。真島町会が本社神輿を担ぐのは午前中。午後は真島町のお神輿となります。午前中しか参加できそうにないけれど、今年はお神輿を担がせていただきたい!そう吉田さんにお伝えしてみたところ、快く受け入れてくださったのです。いよいよお祭りの日が近づいたころ、吉田さんを通じて正式に申し込み用紙に記入をし、必要な参加費をお支払い。すると法被と帯をお借りすることができました。嫌が応にも気分が高まってきます。でも冷静になって考えてみると、あれっ、ほかに何を着ればいいのだろう。考えていなかったのです。調べてみるとお祭りの衣装にはいろいろなものがあるようです。お祭りの日はもう数日後に迫り、焦る...焦る...。たまたま用事があって行った築地で鯉口シャツは買えたものの、他はお取り寄せになるとか。止むを得ずネットショップにて購入しました股引(ももひき)、祭り地下足袋、ポーチの3点が到着。サイズもオッケー。準備万端!

 

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本社神輿は、諏訪神社に収められている宮神輿。台座4尺3寸、重量は推定800kg。建造年度は不明ということですが、嘉永3年に修復されたという記録が残っているのだとか。延軒屋根・胴太平屋台造りで、台座が大きい典型的な古神輿。諏訪神社から宮出しされ、大工さんの手によってかつぎ棒を備え付けられた本社神輿は、氏子となる各町内会をそれぞれの町内の担ぎ手に担がれなから巡ります。

 

今朝早くにclassicoに立ち寄り着替え。classicoから程近い集合場所に向かいました。続々と担ぎ手の皆さんが集まってきます。吉田さんやclassicoの古くからの顧客さんなどお知り合いの方も居たのですが、この地に育ち、長年に渡って担ぎ続けている皆さんの繋がりは深く、僕のような新参者はなかなか入り込めるような雰囲気ではありません。ちょっと緊張しながらもそのときが訪れるのをドキドキわくわくしながら待ちました。真島町会が担ぎ始める予定の堀田美術前周辺へと移動。この頃から天気が良くなり、かなり暑くなってきました。予定時間を過ぎてもなかなかお神輿は現れず。予定時間より遅れること30分程。ようやく行列が見えてきました。大名行列のような雰囲気に気持ちが高ぶります。やがてお神輿も到着。いよいよ真島町会の担ぎ手へとバトンタッチされるときがきました。マゴマゴしている間に、あっという間に担ぎ手さんは勢ぞろい。僕の出る幕はありません。お神輿が動き出したので、自分も横について皆さんと一緒に大きな声を出して盛り上げます。周辺には担ぎ手さんたちはたくさん控えていて、お神輿から抜けた人の跡に入り込んでいきます。声掛けをしながらその様子を眺め、自分も機を狙っていました。ちょうどすぐ目の前の担ぎ手さんが抜けたところに「すっ!」と入り込むことができたんです。「ヤッター!」と喜び、担ぎ始めたのも束の間、「オメーはチゲーだろう!出ろ、出ろ!」と弾き出されてしまいました。「え、え、えーっ...。」と思いながらも、しょげている暇などありません。ふたたび大きな声を出し、盛り上げました。ところが、またすぐにチャンスが巡ってきました。空いたところに「すっ!」とは入り込むことができ、ちょっとだけ担いだのですが、今度は「女の子達を入れてあげなよ!」となかなか担ぐことができない女の子たちを優先してあげようとお神輿の前側の担ぎ手は総入れ替えになりました。ふたたび声出し! classicoの前だけは自分も担いでいたい!そう強く願いながら...。

 

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澤の屋旅館の角を曲がって大きく旋回。キッテ通りに入って間もなく、ビックチャンスが巡ってきました。ちょうど目の前の担ぎ手さんが抜けて隙間が空いたのです。この機を逃すわけにはいきません。「すっ!」と入り込むことができました。あとは必至です。「何が何でもclassicoの前を通り過ぎるまでは、この棒を離すもんか!」そう思いながら。僕は背が小さいから、担ぎ棒は肩の位置より10cm程高い位置にあります。肩の上に腕を上げ、持ち上げるように担ぎます。なんとかclassico前を通過。結局Successionの手前辺りまで担ぐことができました。ヤッター!と大興奮。そのあとはお神輿の横につきながら、大きな声を掛けて盛り上げました。キッテ通りの曲がり角をちょっと過ぎたあたりで、真島町会から三崎町会へとバトンタッチ。僕の本社神輿 初体験はこうして終わりました。

 

50歳にして初めてのお神輿(小学校の時には経験あります)。しかも3年に一度の本社神輿。いやぁ〜よかった。参加して本当によかった。おそらくお神輿を担ぐにはしきたりがあるのでしょう。それぞれの地域ごとのローカルルールもあるのかも。知らずに挑んで、自分のちっぽけさが身に染みたり、凹んだりもしたけれど、貴重な経験となりました。1年目の自分は50歳でありながらもまだまだ駆け出しのひよっ子。何でもっと早くから始めなかったんだろうと言っても後悔先に立たず。まずはひよっ子から地道に1年1年成長していこうと思います。色々と手配してくださったお隣の吉田さん、一緒にお神輿を担いでいただいた担ぎ手の皆さん、真島町内会の皆さん、それから諏訪神社の本社神輿。この度は大変お世話になり、ありがとうございました。まだまだ未熟者ですが、これからもよろしくお願いいたします。(当ブログの写真を撮っていただいたのは、浅草出身のライター&カメラマンの加藤隆司さん/写真3枚目・5枚目、classicoアルバイトスタッフのRui/写真1枚目・2枚目・6枚目。おふたりにも感謝!です。ありがとうございました。)

 

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| 23:00 |
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